ネズミの糞が入った料理を食べさせる両親のせいで、私は子供の産めない体に。下着すら買って貰えず過酷な日々を送った


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引用元: 毒親に殺意しか湧かない

301: おさかなくわえた名無しさん@\(^o^)/ 2015/09/05(土) 17:41:42.94 ID:C0zT12B4.net
両親とも公務員なのに、服は制服と体操服と寝間着しかなかった。
子どもだったから、貧乏だからしょうがないのかなと思っていた。
母の給料は父が管理していて、
母は参観日に着ていく服がなくて困っていた。
休日に遊びに誘われても、着ていく服がなくて断るしかなかった。
下着も全部ぼろぼろだったから、学校での体重測定が恐怖だった。
お正月に母の実家に行くときは、
母方の伯母が送ってくれた服を着させてもらえてたけど、
何年も同じ服で行くのは惨めだった。
302: おさかなくわえた名無しさん@\(^o^)/ 2015/09/05(土) 17:48:13.19 ID:C0zT12B4.net
母は、いわゆる「優しいお母さん」とはほど遠かった。
母が仕事から帰ってくると、緊張した。
身体的暴力はなかったけど、「洗濯機で洗うと靴下が傷むから」と
真冬の土間で洗濯板で靴下を洗わされた。
室温が5℃を切るまで、暖房はこたつだけだった。

下着を買ってもらったことがない。
大学に入るときに、母方の伯母がいろいろ買ってくれた中に
カップつきのスリップがあって、それをずっと大事に使った。
303: おさかなくわえた名無しさん@\(^o^)/ 2015/09/05(土) 17:51:44.56 ID:C0zT12B4.net
食卓は、地雷原だった。
母がメシマズ嫁で、父は極端な吝嗇。
食事というのは手間も材料費もかかるものだと理解してないひとたちだった。
虫が炊き込まれてるごはんとか日常茶飯事。
ネズミの糞が混ざってたりとかもあった。
春雨を油で揚げたものに醤油をかけただけ、とか。
304: おさかなくわえた名無しさん@\(^o^)/ 2015/09/05(土) 17:55:57.85 ID:C0zT12B4.net
それでいて、洗剤や添加物は毒、などと考えている母で、
ふりかけなどは体に悪いと食べさせてくれなかった。
酸化した油で揚げたもののほうがよほど体に毒だと思う。

庭のゴミ捨て場の近くにパセリが植えてあって
パセリの天ぷらもよく食卓に上った。
雑な調理だから、綿埃も一緒に揚がっていたりした。
よくいう「一汁三菜」なんて架空の話だと思っていた。
305: おさかなくわえた名無しさん@\(^o^)/ 2015/09/05(土) 18:05:05.73 ID:C0zT12B4.net
初潮の頃から、出血が多く、月経痛もひどかった。
頻繁にパッドを変えないと行けない私を、
母は私を気持ち悪いもののように思っていた。
のたうち回るほど痛がっても、「わざとらしい」のひと言だった。
鎮痛剤をのむと将来ガンになる、とか漠然と思っていたようだった。

いうところの月経困難症で、一時、貧血が進み、
ヘモグロビン値は基準値の半分くらいになった。
学校検診で指摘され、病院に行くお金は出してもらえた。一人で行った。
小さな町医者だったから、対症療法的に鉄剤の注射を受けていた。
「病気の治療」となると張り込む気になるのか、
その都度、父は2~3千円はくれていた。
306: おさかなくわえた名無しさん@\(^o^)/ 2015/09/05(土) 18:09:55.14 ID:C0zT12B4.net
治療費の浮いたお金から、生理用ナプキンを買っていた。
それまではどうしていたんだか、あんまり思い出せない。
母のをしまってあるところから出して使って黙認してもらってたかな。
生理が来てもナプキンを買ってもらうとか、なかった。
307: おさかなくわえた名無しさん@\(^o^)/ 2015/09/05(土) 18:19:47.94 ID:C0zT12B4.net
進学先は父に強制されて医学部に入らされた。
もちろんケチだから国立です。勉強は強迫的なくらいにがんばったから。
「子供の希望や適性」なんかよりは「娘を医者にした親になること」のほうが、
あの両親には大切だったんだろう。
首尾よく入れたのは良かったけど、つらい大学生活だった。
「森鴎外だって手塚治虫だって、
医者になってからやりたいことをやったんだぞ」
みたいなことを父は言った。
父は自分を優秀だと勘違いしている凡人で、わたしはせいぜいその娘だ。
308: おさかなくわえた名無しさん@\(^o^)/ 2015/09/05(土) 18:25:55.43 ID:C0zT12B4.net
わたしが経済的に独立できたのは、幸いだった。
父にとっては、そこは痛いとこだったみたいだが。
学費返せとかは言ってこない。
返せと言われたら今のわたしは瞬時に返せるから。
それでも恩を売ってくる。
「あのとき、文系に行かせてたら今のお前はなかった。俺の判断は正しい」
「お母さんだってあなたの受験のためにどんなに苦労したか…」

母は、わたしが勉強している間、聞こえよがしに読経をしていた。
それが母の「苦労」であるらしい。
夜食ひとつつくってもらったことはなかったが、
作ってもらっても地雷でしかないから、
まあ読経のほうがマシっちゃマシ。

コメント

  1. 名無しさん 2018/03/23(金) 18:27:39

    自分の親もここまでいかないけど毒親だった
    だけど毎回思うんだけど、なぜこういう人たちってさっさと縁切りしないんだろう
    疎遠にするだけでも良いじゃん
    モヤモヤしながらも最後のレスだと親からの電話取ってるみたいだし
    もう学生‥ではないんだよね?
    私は家出てから連絡に一切応答しなくなったよ
    法的にも絶縁となると面倒事があるけど電話に出ないとか二度と会わないとかは普通にできるじゃん

  2. 名無しの墓場 2018/03/23(金) 19:09:08

    よくある目標達成して無気力になってるとかじゃないかなぁ
    自立する!が目標だとして、それ以上考えられないとか。
    洗脳とか束縛されて育ってるひとからしたら、離れて暮らしてるだけで満足なのかもしれない。

  3. 名無しさん 2018/03/23(金) 19:30:32

    両親も虫入り飯食ってたの?壮絶だ

  4. 名無しの墓場 2018/03/23(金) 22:34:43

    いつものメンヘラおばさんの作品なんだが
    真に受けてるのは初心者か

  5. 名無しの墓場 2018/03/24(土) 00:23:20

    と、いつもここに張り付いてるメンヘラジジイが申しております。

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